現在のプレイリスト
新カテゴリー「ミュージック」の記事。
前述したように、宅配レンタルでお気に入りの曲が入っているアルバムを片っ端から借りてパソコンに取り込んでいる。
で、その後マイクロSDにコピーしてスマホで通勤時に聞いているわけだが、アプリで再生する際、整理しとかんとしっちゃかめっちゃかで、思うように聞きたい曲に出会えないまま職場に着いてしまうことが多々ある。
なのでプレイリストを最大限に利用する。
その日の気分によって、ジャンルがいろいろと変わるんでね。
で、現在のプレイリストをブログに記しておこうと思う。
にほんブログ村←「ホント、どーでもいいことだよね~・・・」と思ったら・・・
ポチっ、とひとつ、よろしくお願いします。
いや、改めてホント、音楽に関しては完全にガラパゴス化しとるわ。
ほぼ昭和止まり。
だが新たに開発したいとは思わん。
否、例外が一つだけあるな。
ちょっと聞いてみようかなあ、と思って入れてあるのが「いきものがかり」だ。
で、実際聞いてみると、サウンド的に維水志には昭和な香りがするのか、そんなに違和感がないのである。
ああ、あとアニソンね。
いきものがかりはアニソンも歌ってるしね。
でももうそれでお腹いっぱい。
平成以降、きっともっと素晴らしい世界が広がっているのだろうけども、昭和時代の数えきれない珠玉の作品を網羅するだけで大変なのだ。
それ以上はもう必要ないのさー。
では本題に入ろう。
現在のプレイリスト
1、歌謡曲
ここが一番多い。
75~85年だね。
歌謡曲に目覚め始めたのが75年。維水志、中1。
なので、この年で知っている曲は少ない。
フォークソングが全盛だったと思うが、「暗い曲」というイメージしかなく、あんまり好きじゃなかった。
「22歳の別れ」とかを知ったのは、学校の合唱コンクールでどっかのクラスが自由曲枠で選曲してたので知った覚えがある。
そーゆー意味でも、すでにこの歳で維水志の精神年齢は同級生に比べてだいぶ劣っていたのだろう。
フォークソングをかじったのは中2でギターを始めた時に、教本に荒井由実とか因幡晃の曲がいっぱい載ってたからだな。
一方、終わりの85年はいわゆるアイドル全盛期に陰りが出始めていたのか、もう思い入れのある曲がほとんどなくなっている。
調べたら、85年はおニャン子クラブが台頭した年みたいで、同時にテレビのザ・ベストテンも下火になりつつある年だったようだ。
維水志はおニャン子クラブには全く興味がなかったし、もうその辺りでアイドル路線にゃ辟易としていたのだろう。
あ、否、河合その子の「青いスタシオン」だけは何故か好きだったか。
それにしても、なんか、松田聖子や中森明菜以降、似たようなタイプの、二番煎じみたいな歌手ばっかが目立ったような・・・。
あれ、二番煎じみたいの、どーしてデビューさせんだろうね。不思議だなあ。
売れている波に乗っかっちまえ、みたいな安易さがウケるとでも思ってんのかしら?
そんなん出しても一番手を越えられることはないのに。
よくあんだけ似てる人物を探し当てたものである。とうとう最後までどっちがどっちだか区別できなかった。
あんだけ似てたら今なら絶対にモノマネ芸人としてのほうが成功するはずである。
話が逸れた。
要は維水志の歌謡曲収集もここまでだったわけだ。
それまでは、FMでいわゆるエアチェックをし、オリジナル・カセットを作るまでの熱の入れようだった。
ステレオコンポの一部じゃない、単体のケンウッドのFMチューナーを持っていたし、FM専用アンテナを秋葉原まで行って買って持ってもいたんだが。
維水志、23歳の頃だった。
でもその間十年、75年前半と85年後半を省いた十年、これは宝の山だった。
プレイリスト歌謡曲にはこの10年間のものが詰まっているのだ。
どの時代を聞いてもノスタルジアがあり、心ときめく。
特に77~82年。
中3から20歳ってことで青春ど真ん中だったんだろう。
あら、長くなっちゃった。
つづく。
にほんブログ村
↑いつも応援ありがとうございます。
ポチっ、とひとつ、よろしくお願いします =*^-^*=